社会人のリスキリング支援の新事業の概要が経済産業省から発表され、色々と突っ込みどころが満載であると話題になっているようです。事業の公募要項を確認したところ、事業の目的としては、「リスキリングと企業間・産業間の労働移動の円滑化を一体的に図ること」とのことで、一応リスキリングの出口として「転職」というところをゴールに設定していると思われます。個人的には日本経済が停滞している理由が「転職ができないから」というわけでもなければ、なかなか転職が一般的にならない理由が「リスキリングができていないから」というわけでもないと思っていますので、このゴール設定自体どうなのか、という思いもありますが、その点はいったん置いて「転職できる人を増やすためにリスキリングを支援する」と考えた時に、決定的に抜け落ちている点が一つあって、それは「採用する企業側のニーズやメリットがあまり考えていない」ということです。
「転職」というところをゴールとして設定するのであれば、当然採用される候補者側のことだけではなく採用する企業側のことを考えるべきだと思うのですが、この事業ではその点に全く触れていません。採用する企業側の立場に立って考えた場合、今回の支援対象であるリスキリングを目的とした講座で得られるであろう程度のスキルを身に付けたから採用、身に付けていないから不採用、という話には全くならないと思います。そもそも座学で得られるスキルは本当の意味でのスキルではなく、実務経験が伴わなければビジネス上で使えるスキルには昇華されないわけなので、ただ座学で知識を習得しただけの実務未経験の人材は、企業にとっては採用するメリットがないのではないかと思います。従って例えばリスキリング人材の採用に係るコストや、場合によっては採用後の人件費の一部を負担するなどの企業側への手当を含めた制度設計にしなければ片手落ち感が否めません。
本件に限らず「スキルアップ至上主義」とでもいうべき「まず個人の能力を伸ばすように努力しましょう!」という風潮は本当に問題だと思っていて、このノリが簿記・TOEIC・MOSのような履歴書に書ける資格を無差別に取ったはいいが実務経験がなく深まらない、という流れに繋がっていくのかな、と思います。これも以前のブログに書いた新卒採用の時の「やりたいことを仕事にするべき病」の弊害で、「自分の心の声を言語化する」ことに夢中になりすぎて、「マーケット(企業)側が何を求めているか」というところに思いが至らないがゆえに、「自分のやりたいこと」のようなプロダクトアウト的な論理展開になってしまうのではないかと推察しています。自己分析をするのは「自分がどういう価値観や性質を持っていて、その価値観や性質を踏まえると最も成果が出そうな戦場はどこなのか」ということを客観的に見定めることが目的で、その上で「その戦場で勝ち抜くために必要なスキルは何なのか」ということを理解して、その結果としてプログラミングをやろう、営業スキルを磨こう、簿記の資格を取ろう、という流れになるべきで、「自分がやりたいから」「流行っているから」という理由でのべつ幕無しに講座を受けてリスキリングを図っても、非効率で効果も薄くなってしまうと思います。
というわけで若干脱線してしまいましたが、要は「企業側にリスキリング人材を採用するメリットがなければ、わざわざ実務経験のないリスキリング人材を採用することはないと思われるので、企業側の手当をする方策をセットで準備しないと実効性に欠けるのではないか」という話です。3年間で33万人の転職を支援することを目標にするということなので、無理やり数字を合わせようとするのだと思いますが、転職実績の中に「その人ってリスキリング講座受けようが受けまいが転職してましたよね…」という人がいっぱい出てきそうな気配がします。その他にも「そもそも転職できる人で転職する意思がある人は、リスキリングしなくても転職するんじゃないか」とか「そもそも転職できる能力がある人は、このような支援がなくても自分が必要だと感じればお金を払って勝手にリスキリングするんじゃないか」とか言いたいことはたくさんありますが、やらないよりはマシなんですかね…。